モデルを持たなくても、専門AIは作れる──希少疾患診断を支えるAIエージェント:2025/06/28
- 2025年6月28日
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希少疾患(rare disease)という言葉を聞いたことがある人も多いと思います。
希少疾患とは、患者数が少ない疾患の総称で、日本では、国内の患者数が5万人未満の疾患と定義されているそうです。また、多くの希少疾患は、重篤で慢性、進行性であり、治療法が確立されていない場合も多いようです。
そもそも「希少」という言葉が付くだけあって、診断が付かない状態で、症状に苦しんでいる人が多いのも希少疾患の特徴です。
希少疾患は、症例が少なく、専門医でなければ「文献でしか見たことがない病気」ということが少なくないとのこと。
もしAIがその様な希少疾患を的確に診断サポートできたら、正しい治療方法に辿り着く患者さんが増えるかもしれません。
今回はその可能性が少し見えた研究を紹介します。
An Agentic System for Rare Disease Diagnosis with Traceable Reasoning (追跡可能な推論を備えた希少疾患診断のためのエージェントシステム)
AIが病名を「当てる」のではなく、「理由とともに提示する」時代へ
この研究が目指したのは、AIが「なぜこの病気だと考えたのか」を説明できる診断支援エージェントの構築です。
たとえば、AIがある病名を候補に挙げるとき
その病気と一致する症状がいくつあるのか?
どの論文に、似たような症例が報告されているのか?
その患者の遺伝子には、どんな変異があるのか?
こういった情報を筋道立てて、医師が納得できるように提示する。それが、このAIシステムの特徴です。
モデルを作らずに、専門性の高いシステムを実現する
AIを使ったプロジェクトというと、「独自モデルの開発」が必要だと考えがちですが、この研究ではモデルを1から作ることはしていません。
代わりに使ったのは、すでに公開されている大規模言語モデル(LLM)たちです。
たとえば
GPT-4o(OpenAI製)
DeepSeek-V3(中国発のオープンLLM)
Claude(Anthropic社製)
Gemini(Googleのマルチモーダルモデル)
これらをそのまま使いながら、必要な専門知識をつなぎあわせて診断できる仕組みを構築しています。「モデルは借りて、構成を工夫することで専門性を実現する」というアーキテクチャとなっています。
このアーキテクチャはモデルの構築が必要ないため、専門性の高いAIシステムを構築するにあたっても、莫大な資金がを必要とすることが無いため、ベンチャー企業でも開発に乗り出しやすいというメリットがあります。
AIエージェントが専門医チームのように動く
このシステムの特徴としては、病院のチーム診療のような構成にあります。
1人の中央AIが指揮をとり、6つの専門エージェントがそれぞれの仕事をこなします
症状を標準形式に変換(HPO変換)
医療文献や症例を検索
遺伝子データ(VCF)を解析
似た患者のデータベースと照合
診断APIを併用して補強
すべての情報をまとめて推論する
また、AIが「自分の診断に自信がない」と判断したら、自ら再検索を行うという「自己反省ループ」と呼ばれる仕組みを備えています。
診断事例
たとえば、次のような患者がいたとします
発疹、紫斑(皮下出血)、白血球増多、免疫グロブリンM(IgM)の上昇
このときAIは
これらの記述をHPOという医学用語コードに変換し
PubMed・Orphanet・OMIMなどから一致する病気の文献を探し
類似症例を照合し
もしあれば遺伝子変異も分析し
「これはCryoglobulinemic vasculitis(クリオグロブリン血症性血管炎)かもしれません」と提案します
しかも、「どの根拠がどの病名と一致しているか」を丁寧に説明した上で提示する仕様になっています。
医師が納得するための「診断理由の透明性」
この研究のもう一つの特徴は、診断理由の透明性(トレーサビリティ)です。
ただの病名リストではなく
どの症状がどの疾患に対応していたか
どの文献や症例を参照したか
どの遺伝子変異が関係しているか
といった、理由の鎖(Reasoning Chain)がすべて明示されるため、
医師がそのまま納得して活用できます。
実際、このAIの出力を専門医が180症例分レビューしたところ、95%以上のケースで「妥当な診断根拠が提示されている」と評価されたとのことです。
ベンチャー企業でも専門性の高いAIサービスに参入できる可能性
先ほども書きましたが、「AIモデルを自前で開発できなくても、専門性の高いAIシステムは作れる」という可能性を今回の研究は提示してくれました。
重要なのは、次の3点です
既存のLLMをどう組み合わせるかの設計力
専門知識をどう外部から引き出すかの検索力
それを専門家が納得できる形にする説明力
これらをうまく組み合わせれば、希少疾患のような超専門領域でも、
モデルを自作することなく、高度な専門支援が可能になるというわけです。
これは、小さなベンチャーやスタートアップにとって非常に大きなヒントになる可能性があります。



